教育研究・学習研究
「自己効力感」が学力向上に与える影響とその育成プロセス
はじめに――「やればできる」と心から思えるかどうか お子さまが「どうせ自分にはできない」と口にする場面に、保護者の方が胸を痛めたことはないでしょうか。反対に、難しい課題に対しても「やってみよう」と自然に手を伸ばせるお子さまの姿に、頼もしさを感じた経験もあるかもしれません。 この二つの違いを生み出す心理的要因の一つが、「自己効力感(self-efficacy)」です。自己効力感とは、「ある行動を自分はうまく遂行できる」という確信のことであり、単なる自信や自己肯定感とは異なる、学術的に厳密に定義された概念です。 本稿では、心理学者アルバート・バンデューラが提唱した自己効力感理論を軸に、この概念が子どもの学習行動と学業成績にどのような影響を与えるかを、研究知見に基づいて解説いたします。そのうえで、京都のご家庭で日々の生活のなかから自己効力感を育むための具体的な方法をご提案します。 1. 自己効力感とは何か――基礎概念の整理 1-1. バンデューラの社会的認知理論における位置づけ 自己効力感の概念は、カナダ出身の心理学者アルバート・バンデューラ(Albert Bandura, 1925–2021)が1977年に体系化しました。バンデューラは、人間の行動が環境・個人の認知・行動そのものの三者が相互に影響し合う「相互決定論(reciprocal determinism)」によって形成されると考えました。 この理論体系のなかで、自己効力感は個人の認知的要因の中核に位置づけられています。すなわち、人が何らかの行動を起こすかどうかは、客観的な能力の有無だけではなく、「自分にはそれができる」と本人がどの程度信じているかによって大きく左右されるという考え方です。 1-2. 自己効力感と類似概念の違い 自己効力感は、日常語としての「自信」や「自己肯定感」とは明確に区別されます。 自己肯定感(self-esteem):自分自身の存在に対する全体的な価値評価。「自分は価値のある人間だ」という包括的な感覚です。 自己効力感(self-efficacy):特定の課題や状況に対する遂行可能性の認知。「この数学の問題を自分は解ける」「この英単語テストで80点以上を取れる」というように、具体的な行動や場面に紐づいた信念です。 この区別は教育的に重要な意味を持ちます。自己肯定感が高くても、特定の教科に対する自己効力感が低ければ、その教科の学習には積極的に取り組めない場合があります。逆に、全体的な自己肯定感にかかわらず、特定の教科で「自分はできる」と感じている子どもは、その教科に対して粘り強く取り組む傾向が見られます。 2. 自己効力感が学習行動と学業成績に与える影響――研究知見の検証 2-1. 学習行動への影響 自己効力感は、学習に関する行動の質と量の双方に影響を及ぼすことが、多くの研究によって確認されています。具体的には、以下のような影響が報告されています。 (1)課題選択と挑戦意欲 自己効力感の高い学習者は、自分の現在の能力をやや上回る難易度の課題を選択する傾向があります。一方、自己効力感が低い学習者は、失敗を回避するために容易な課題ばかりを選んだり、あるいは極端に困難な課題を選んで「難しいからできなくても仕方ない」と自己防衛的な行動をとることがあります。 (2)努力の持続性 困難な課題に直面した際、自己効力感の高い学習者は、より長い時間にわたって粘り強く取り組みます。Schunk(1991)の研究は、自己効力感が学習における持続性(persistence)の重要な予測因子であることを示しています。 (3)学習方略の活用 自己効力感の高い学習者は、計画的な学習スケジュールの作成、自己モニタリング、わからない点を質問するといった効果的な学習方略を積極的に用いることが知られています。「自分はやればできる」という信念が、より高度な学習戦略の採用を後押しするのです。 2-2. 学業成績への影響 自己効力感と学業成績の関連については、大規模なメタ分析による検証が蓄積されています。 Multon, Brown, & Lent(1991)が行ったメタ分析では、自己効力感と学業成績の間に統計的に有意な正の相関が確認されました。この関係は、小学生から大学生まで幅広い年齢層において、また教科を問わず一貫して認められています。 さらに注目すべきは、自己効力感が学業成績に対して予測的な影響力を持つという点です。つまり、ある時点での自己効力感の高さが、その後の成績向上を予測するという縦断的な関係が複数の研究で報告されています。これは、自己効力感が単に成績の結果として形成されるだけでなく、成績向上の原動力としても機能していることを示唆しています。 2-3. 自己効力感と動機づけの相互作用 自己効力感は、内発的動機づけとも深く関連しています。自己効力感の高い学習者は、学習そのものに面白さや充実感を見出しやすく、外的な報酬(テストの点数や褒め言葉)がなくても学び続ける力を持つ傾向があります。 Zimmerman(2000)は、自己効力感が自己調整学習(self-regulated learning)の基盤として機能することを論じています。自己調整学習とは、学習者が自ら目標を設定し、進捗を確認し、方略を修正しながら主体的に学びを進めるプロセスです。自己効力感が高いからこそ、学習者は「自分で自分の学習をコントロールできる」と感じ、自律的な学びの姿勢を維持できるのです。 3. 自己効力感の4つの源泉――何がこの信念を育てるのか バンデューラは、自己効力感が形成・強化される情報源として、以下の4つを挙げています。影響力の強い順に解説いたします。 3-1. 達成経験(mastery experience) 最も強力な源泉です。自分自身が実際に課題を遂行し、成功した経験は、自己効力感を最も確実に高めます。 重要なのは、ここでいう「成功」とは完璧な結果を意味するのではなく、努力と工夫によって困難を乗り越えた経験であるという点です。むしろ、まったく苦労なく達成した成功よりも、試行錯誤を経て到達した成功のほうが、自己効力感の強化には効果的であるとバンデューラは述べています。 逆に、繰り返し失敗を経験すると、自己効力感は損なわれます。特に、十分な努力をしたにもかかわらず失敗した場合、「自分には能力がない」という帰属(原因の捉え方)が生じやすくなるため、注意が必要です。 3-2. 代理経験(vicarious experience) 自分と類似した他者が課題を達成する様子を観察することで、「自分にもできるかもしれない」という期待が生まれます。これが代理経験です。 ここで鍵となるのは、モデル(観察対象)と自分との類似性です。年齢・性別・能力水準が近い存在が成功している姿を見ることが、最も効果的に自己効力感を高めます。たとえば、同じ学校に通う先輩が志望校に合格した話は、テレビで見た著名人の成功談よりも、子どもの自己効力感に対して強い影響を持ち得ます。 一方、自分と類似した他者が失敗する姿を見ると、自己効力感が低下する場合もあります。 3-3. 言語的説得(verbal persuasion) 信頼する他者からの励ましや評価によって、自己効力感は一定程度強化されます。「あなたならできる」「前回よりずっと良くなっている」といった言葉がこれに該当します。 ただし、言語的説得は達成経験や代理経験と比較すると効果が限定的です。特に、本人の実際の経験と矛盾する言葉かけは、逆効果になり得る点にご留意ください。たとえば、テストで何度も低い点数をとっている教科について「あなたは本当はできるのよ」と繰り返しても、子どもの実感と乖離しているため、自己効力感の向上には結びつきにくいのです。 言語的説得が効果を発揮するためには、具体的な根拠を伴っていることが重要です。 3-4. 情動的・生理的喚起(emotional and physiological arousal) 不安や緊張、疲労といった身体的・情動的な状態も、自己効力感に影響を及ぼします。テスト前に手が震えたり、頭が真っ白になったりする経験は、「自分にはできない」という認知を強めてしまうことがあります。 逆に、リラックスした状態や適度な高揚感は、「今日はうまくいきそうだ」という感覚を生み出し、自己効力感を支えます。ただし、情動的状態そのものよりも、その状態をどのように解釈するかが重要です。たとえば、テスト前の緊張を「不安の証拠」と捉えるか、「準備ができて体が反応している証拠」と捉えるかで、自己効力感への影響は異なります。 4. 家庭で自己効力感を育てる――保護者ができる具体的な実践 ここまでの理論と研究知見を踏まえ、京都のご家庭で日常的に取り組める実践方法を、4つの源泉に対応する形でご紹介いたします。 4-1. 達成経験を設計する (1)スモールステップの課題設定 お子さまの現在の学力水準からわずかに上の目標を、段階的に設定します。たとえば、数学の計算問題で7割程度の正答率であれば、まず「8割の正答率を目指す」という小さな目標を立て、達成したら次の段階へ進みます。一足飛びに高い目標を掲げるよりも、着実に「できた」を積み重ねることが重要です。 (2)プロセスへの注目 結果だけでなく、「今回は計算の途中式を丁寧に書けていたね」「以前はわからないと諦めていたけれど、今回は辞書を引いて調べていたね」というように、学習プロセスにおける具体的な成長に目を向けてください。プロセスの改善は、本人の努力と工夫の産物であり、これを認識できることが達成経験の質を高めます。…